院長紹介 安井院長の奇跡の軌跡―第九章|再起の道~恵比寿・銀座・浜松町

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やっと訪れた「時」・そして導かれた先

第八章では、人生のどん底でもがいても、もがいても光も差さず、神の助けも来ない苦しみの中にも、Mさんとの出会いで僅かな期待を感じ、Mさんのお宅で聖霊体験をしたところまでを書きました。

この九章では、その聖霊体験から少しずつ、軌道修正を行いながら再び開業に舵を切るまでのお話をしましょう。

Mさんのお宅で聖霊体験をした後、そうだからと言って翌日から運命の扉が開いたわけではありません。

その後も、ハローワークで就職口を探し、新聞折り込み広告の求人欄で就職口を探し、ここぞと思った先には面接に出かけ、就職して、就職してみたものの職場がミスマッチで退職し。

そうした中で、やはり自分で整体院を始めてみようと思たのです。

私がクリスチャンになって学んだこと
《神様の助けは祈っていると勝手にニンジンがぶら下がるように天から降りて来るものではない》

困った時は祈りながら行動し、行動しては祈ること!
そして、行動してみてもスムーズに動かない、継続しない、嫌な感じがする。
そのような時は道が違うのです。

またはトントン拍子に進んでいるように感じながら自分の中に油断が生まれると結果は良くありません。
トントン拍子に進んでいても、杖をついて道を確かめるように祈らないといけません。
仮に、金銭的に大儲けしても心が虚しい結果になるなど、結果が良くなくては最善の道を歩んだことにはなりません

私の場合は、やはり整体院をもう一度トライしてみる気持ちに固まったことで、集客のために地元の新聞折り込み広告に、地元でもダントツの破格の整体料金 『整体60分初回2,480円!』を掲載しました。

随分と思い切ったものですが、これもインスピレーションでした。

私は、これならたくさんの来客が有るだろう!と期待して折り込み広告の発行を待ちました。
ところが、折り込み広告を見ての電話はたった1本の電話だけでした。

私は、あてが外れてガッカリしてしまいましたが、それでも貴重なお客様のご来店です。
ご来店されたのは50代の女性で、肩こりで悩んでいらっしゃるというご相談でした。

レミスティックの整体は、他の整体院の整体とはまったく異なります。
他の整体院や接骨院を経験されたお客様は、異次元の感覚とも表現されるくらいに異なる施術ですから、強い揉みほぐしや指圧が整体だと思っていらっしゃるお客様には物足らない感覚は有るかもしれません。

その第一号のお客様の場合は、「触れて欲しいところを言わなくても触れてくれる」と感動していらっしゃって満足されたようでしたし、「いつもなら、お金をお支払いする時には痛みが戻っていたりするけれど、それはないですね」と感想を述べられて、次のご予約を入れられて帰られました。

日を置いて、次にご来店されたそのお客様がおっしゃったのは、「どこへ行っても良くならずに40年悩んでいた肩こりが解消して、先生!凄い!」という嬉しい言葉でした。
そして、私の腕が信頼できるからと、小顔矯正とエステのコースまでご契約をして下さいました。

ここで金額のお話をすると不謹慎ですが、初回2,480円の整体が、〇十万円に昇格したのでした。

更にお友達をお二人もご紹介して頂けたお陰で、僅か3か月で300万円ものお金が出来たのでした。

天からのお金は天へ戻す

話は少し戻りますが、私が精神的に追い詰められる日が長く続いたことで、再婚相手の女性(ブログ記事四章)との関係がギクシャクしてしまい、日々喧嘩も絶えなくなっている中で、彼女も疲れてしまったのでしょう。

彼女が行った温泉施設の中で営業していた占い師に私たちの関係を占ってもらった結果もひとつのきっかけになったらしいことと、Mさんと私の関係が定着したことが安心材料になったこともあり、彼女から離婚を申し出て来て私たちは離婚をしてしまっていました。

それでも、私が東京へ出てからの私の留守の家で私の両親や私の子どもたちを守ってくれていたのも寂しく、辛く、苦労も多かったことは、十分に想像が出来、感謝でもありましたので、売り上げをそっくり彼女に渡すつもりで彼女に電話をしました。

電話でその話を聞いた彼女は、「そのお金でもう一度東京へ出なさい」と背中を押してくれたのでした。

私は、その夜、独り祈っていますと「広尾から品川」と地名が浮かんできました。

そして、その聴こえてきた言葉を頼りにインターネットで不動産屋さんを検索し、広尾の不動屋さんに足を運んでいくつかの物件を見させてもらいました。

私が探していたのはテナント物件ではなく、小規模な仕事でつかえる事務所向けのマンションで、広尾、品川と物件を見て歩きましたが思うような物件には巡り合うことが出来ませんでした。

物件探しをされたことが有る方はわかると思うのですが、営業マンの自動車で移動するにしても、電車で移動するにしても、物件探しは意外と疲れるもので、広尾から品川まで3つほどの物件を見て歩くだけで結構な疲れを感じてしまっていて、時刻も夕方近くでしたから「最後に」ということで恵比寿駅っから徒歩3分のところにある物件を見に行った時のことでした。

この物件が、どういうわけか偶然にも以前に内見しに来たことがある物件で、私にはそれがデジャブのように感じて、その物件に強く引かれるものを感じたため迷うことなく契約することに決めました。

実は、このマンションこそが、私の人生の重要な運命の「点」だったのです。

最大出資者の出現!

その物件の契約も無事に済み、「レミスティック恵比寿店」を開業させまして、途中、東日本大震災を経験するなど、大変な経験を重ねながらも開業から2年ほど経過した時のことです。

1人の20代後半の女性が小顔矯正施術に訪れました。
いつものようにカウンセリングと体験施術を受けて頂いた後に、小顔矯正施術をご契約をして下さった女性が、施術を終えると「先生はこれほど腕が良いのにどうしてマンションの一室でお店をしているのですか?」と私に質問をしました。

私は、「腕は良いかもしれないけれど経営の才能や興味が無いから」と答えると、「それならうちの主人が得意なので紹介します」という流れになり、後日、ご主人を連れてお二人でご来店されました。

ご主人は私よりも15歳も若いのですが、とても落ち着いた感じの男性で、その男性の悩みは「俺は小さいころから頭が曲がっていて、アイスホッケーを中学生の頃にやっていてヘルメットをかぶるとヘルメットがズレて困った」というものでした。

写真撮影で確かに頭の中心がズレていて曲がっていたのですが、施術後の写真では奇麗に真っすぐになったことに「スゲー!」、「スゲー!」と何度も感動してくれたのを覚えています。

その男性は「先生、もし店を出すのならどこに出したいですか?」と聞くので、
「人生一度は銀座でしょうね」と答えたところ、「それじゃ資金を俺が持ちますよ」と言って、数千万円の出資をしてくれることになったのですから、本当に一寸先は光なのか闇なのかは歩いてみないと分からないものです。

それから半年後には銀座の一等地に大きなフロアを絨毯で敷き詰めた「レミスティック銀座」が誕生して、私は銀座のビルから外を眺めては「もう自分は独りではない」「もう大丈夫」と波乱な人生に終止符が打たれることを心から望んだものです。

求めていた幸せを知る

多くの人は、平穏な生活、平穏な日々を望むのではないでしょうか?
これまでブログ記事で明かしたような波乱な人生を私も望んで歩いたわけではないのですが、人生の分岐路に置かれた時の選択として安定する側を選べない自分も居たという矛盾もあります。

それは、特異な感覚を持っているからこそ周囲の人との当たり前な人間関係が構築しづらいという面も持ち合わせているからに他なならない点にあります。

単純に平穏なサラリーマン生活が送れるような無難で社交的な性格であればサラリーマン生活も続いたでしょうけれど、異端児ともなるとそうも行きません。

人にはそれぞれの役目があり、霊的に強い人間は私の周囲を見る限りですが、社会性よりもヒーラーなどの立場で個としての探究に関心を向ける傾向が有るように思えます。

私自身も、銀座という舞台を用意されていながらも社会性を持って活動することよりも個としての活動を選択する傾向にあって、銀座と言う華々しい場所での仕事が嬉しい半面、いろいろな場面で精神的な負担を感じて息苦しさも抱えていました。

そうした中で、(自分が求めていたものは何だったのか?)と自問自答する日も続き、銀座にサロンを持ち、恵比寿に住んで、休日にはマリンスポーツも楽める、何不自由ない生活があるのに「幸せ」とは違う世界にいる自分を感じたものです。

私は神様に祈りながら尋ねました「私にとって本当の幸せとはなんでしょうか?」

その次の朝、私は短い夢を見ました。
「最愛の人と手を繋いで草原を走っている自分」の姿でした。
ただそれだけの夢でしたが、目が覚めても嬉しくて嬉しくて、心の底から幸せに浸る感触が午前中いっぱい続いていました。

人によって幸せの基準や価値観はいろいろあるでしょうけれども、私が思うのに人が一番幸せで居る為に必要なのは「愛」だと思います。

お金が幾らあっても、地球が丸ごと自分のものになっても、愛し、愛されることが無ければ幸せは得られないのだと思います。

地球資源を目当てに他国の領土を欲しがってみたり、自国の考えの方が正しいと主張したりするところに「愛」は存在しません。

どれだけ他国の地球資源を自分の国のものにしても、本当の意味での豊かな国は築けないということに気付かなければ、「愛無き戦い」は続くでしょう。

それは何もお金に限ることではなく、私たち個人が自分に求める美や健康にも、「愛を知り、愛に満たされる」ことを知らなければ、本当の美にも健康にも出会えないと私は考えています。

私は、この夢を見たことによって、自分にとって幸せとは-自分が幸せになることではなく、他者が幸せになること-他者の笑顔を見ること-だと知りました。

銀座を出て浜松町へ移る時

銀座の仕事を前向きに捉えながらも私のストレスは徐々に増していく中で、出資者が別の事業のために長期の岡山移住をする事態が生まれました。

私は銀座の店舗を運営するための集客に神経を擦り減らすことよりも、もともとのスタイルであるマンションでの個室サロンに戻すことにしました。

私の元へ来ていただくお客様は、飛行機を利用してご来店されたり、高速バスを利用されたりするお客様が多いことから、利便性を考えてモノレール駅もあり東京駅も近い浜松町に移ることにしました。

浜松町に拠点を探す際に、時間的な余裕は無かったので、インターネットで不動産サイトをいくつも調べてながら問い合わせを重ねましたが、まったく見つかりません。
困った時の神頼みではありませんが、いつもの通りに「良い物件が見つかりますように!」と祈りますと、この時も聴こえて来る答えは「大丈夫」です。

聴こえて来る答えは「大丈夫」でも実際には物件が見当たりません。

私は、恵比寿のマンションの契約の時にお世話になった不動産屋さんのことを思い出して担当してくれた人に電話を掛けてアポを取り、相談に行くことにしました。

いよいよ明日が訪問日という夜中。
それまで目を皿のようにして探していたサイトに見たことのない物件が掲載されているのに気付きました。

恐らく「新着物件」として夜中に更新されたのだと思うのですが、私は「これだ!」と思って物件情報を印刷し、約束していた不動産屋さんに朝一で電話をして物件の内覧申し込みをしました。

港区の大門駅から徒歩1分の新築マンションは非の打ちどころもない物件でしたが、問題は申し込みの順番と審査です。

一通りの手続きを済ませて、審査待ちのために一旦は帰宅したのですが、複数の物件候補が無い中で見つけた最高条件の物件だったので、合否の連絡を待つ気持ちは受験結果を待つ時のように、ハラハラ、ドキドキして夜も眠れませんでした。

ここでも導かれるままに

翌日に不動産屋さんから審査通過の電話をもらった時、飛び上がるぐらいに嬉しかったですね。

そうした幸運をした時に私が感じるのは、何をするにしても時間ギリギリまで諦めないところに奇跡的な出会いも誕生する法則のようなものです。

私が、こうして奇跡という言葉を連発させると、どのようなことでも奇跡に結び付けて書いているのでは?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。そう思われても仕方ありませんが、私はいつもギリギリのところで助けられ、出会いが有り、物語が生まれます。

そしてこの物件で、これまでには無かった出会いが待っているのでした。

有名芸能人-重盛さと美さんとの出会い

浜松町に移転してからも多くの思い出があります。その一つ、芸能人の重盛さと美さんとの出会いも不思議な出会いでしたし、重盛さと美さんを通して経験した時間、出会いの数々は私の人生において貴重な記録になっています。

重盛さと美さんとの出会いは、レミスティック東京を訪れてくれたお客様が、お世話になっているという知り合いの番組プロデューサを紹介してくれたことからでした。この時点では私はプロデューサーという仕事がどういう仕事を指すのか分かっていなかったので、私の小顔矯正技術や美容関連で仕事の幅が広げられるのであれば、人脈を広げておきたいという感じでご紹介をお願いしました。

私は約束場所の池袋の某スタジオを訪問して、収録などの仕事が終わるまでプロデューサーの体が空くのを待たせてもらっていました。そして仕事がひと段落した時に事務所に顔を出されたのが重盛さと美さんでした。

もちろん私もテレビでお顔だけは拝見していましたし、重盛さと美さんがデビューした当初の重盛さんの目が印象的だったので、直接この目で間近にお会いできたのは嬉しかったですし、プロデューサーさんが私を重盛さんに紹介して下さったことでお話が出来たのは夢のようでした。

そこで私の仕事をお伝えして、重盛さと美さんとのご縁がスタートし、重盛さんが私のサロンに来て下さってから私の施術を気に入って頂けて以来、本当にお世話になっております。

やがて重盛さと美さんから、お知り合いの芸能人の方々へ紹介が広がって行き、ご来店下さった芸能人の方がインスタグラムでレミスティックを紹介して下さるなどして、徐々にレミスティックも知られるようになって行きましたので、ご職業を問わず、レミスティックをご利用、ご来店下さった皆様には感謝でなりません。

他の章で書いています、私の長年の下痢が治ったイスラエル巡礼のお話も、浜松町時代のことでしたので、浜松町時代は4年程度でしたが多くの思い出を築いた場所でした。

妊活整体と妊娠期の整体

浜松町で思い出したことがあります。長年、整体師として何千人のお客様の施術に携わったか分かりませんが、小顔矯正と整体施術の両方の施術で通われていた30代の女性のお客様のお話です。

或る日のご来店時に、「先生、二人目の子どもが欲しいのですが、妊娠しやすくなる施術でしかも男の子を妊娠する施術は無いですか?」と尋ねられました。

私は、これまでの整体施術の中で、《〇〇に効くツボ》とか《〇〇に効果的な方法》という触れ込みが好きではなく、あくまでも自分の感覚や感性を大事にしてきたものですから、このお客様の相談に、「それならば、〇〇が良いと言われています」という答えも思い浮かばなかったですし、お客様が期待されていそうな回答は出来ませんでした。

その時には、「私のやり方で施術してみますね」ぐらいの答え方しかしていなかったのではないでしょうか。妊娠は女性一人でするものではないので、本来であれば男性の施術も必要になるところですが、この女性の夫は整体などの施術を信じないというか、好まないというお話でした。

私は、このような時にどう対処するかと言うと、例の「読体術」を使います。私の手のひらや私自身をセンサーにして、この人の希望を叶えるのに必要な施術をさせてもらいたいと願うのです。

この時に私自身の骨盤の裏側全体がムズムズするようであれば、自分が感じる体の部位に合わせてお客様の同じ部位を施術させて頂きます。

こうした結果、希望した時期よりも早く男児を妊娠されて喜ばれたのと同時に驚かれていました。

このように、こちらの知識で施術をするのではなく、体が欲している施術をするのが私の仕事の流儀です。

また、私の整体は体位が横向き=側臥位(そくがい)=の状態でも力を入れずに施術可能なので、妊娠中でも妊娠後期のお腹が大きな状態でも施術が可能なのも特徴です。

このような妊娠時期にはお断りする整体院もあると聞きますが、レミスティックではお受け可能ですし、骨盤矯正もさせて戴いています。

妊娠後期の母体に整体や骨盤矯正が施術できるということは、強い力を加えない施術である証拠です。この施術方法によって、妊娠期の腰痛や背中の痛みを和らげたり、解消させたり、または出産時に体が楽だった、出産が楽だったというご報告を頂いています。

その他、授乳期の胸の張り、肩こり、首のこり、片頭痛など、多くの相談をお受けして、その人の体の状態を読んだ施術をさせて頂いて来ましたが、大変、嬉しい報告を受けてまいりました。

浜松町は日本全国から、また海外からもお客様がご来店下さって、楽しい出会いも沢山あり、嬉しい報告もたくさん頂いた思い出の場所です。

医師も匙(さじ)を投げた下痢とイスラエル

私が16歳の時に発症した過敏性腸症候群の下痢症状が、私の人生や性格、人間関係に大きな負の影響を与えて苦しみ続けた経験はお伝えした通りです(第二章 16歳からの試練ー過敏性腸症候群発症 https://remys-bigan.com/director-profile2/ ‎参照)が、

その下痢症状は、浜松町に移転してからも時折、突然に私を襲っては不便や苦しみを味わいました。

16歳からの発症以降、下痢症状に効果を示すとされる薬は新薬も漢方薬も様々に試しましたがどれも効果は無く、ビール酵母などの乳酸菌サプリ、ヨーグルトなども一切の効果を示しませんでした。

そんな折、浜松町において或る休日の夜、自室で適当に過ごしていた私は、急に体が重くなって床に押し倒されたようにうずくまってしまう体験をしました。
苦しいとか呼吸が荒くなるとかではなく、ただ体が重くて動かない状態になったて立っていられない感覚です。寝転がった私の頭の中に「イスラエルに来なさい」という声が聞こえたような、声が浮かんで来るような感覚を覚えました。

私はその声に反論するように心の中で呟きました。
「下痢が怖いから飛行機なんて無理!」という風に。
(下痢症の人には理解して頂けると思いますが、前触れもおなく突然に襲ってくる下痢ほど恐ろしいものはありません。自由の利かない飛行機の機内やバス移動を想像しただけで身震いしそうな感じなのです)

そうして、ジッとしたまま数分もすると、縛られていたような感じの体の力が抜けて元の状態に戻ることが出来ました。

この感覚はクリスチャンのMさんの家を初めて訪問した時に体験した霊縛(霊の力で動けなくなる状態のこと)にとても似た感じでした。(第八章|信じるということ ― 魂の繋がりと神との繋がりhttps://remys-bigan.com/director-profile8/ ‎参照)

この霊縛体験は、日を変えて3回起こって、私は「イスラエルに行きます!」と降参したわけではないのですが、いつの間にか気付いたら「イスラエル聖地巡礼の旅」というツアーに申し込んでいる自分が居ました。

ツアーに申し込んだのは良いのですが、下痢を抱えてのツアー参加は不安以外になかった私は、過敏性腸症候群の権威というような医師のいる病院で診察を受けてみることにしました。

ところが実際に権威とされる医師の診察を受けた時に、医師はこう言ったのです。
「40年も下痢をしている患者は診たことが無い。これまでに薬もいろいろ飲んだでしょ?治療の方法も薬も無いですよ」と・・・。

俗に『匙(さじ)を投げる』の言葉が有りますが、医者に匙を投げられて絶望的な感覚になって病院を後にしたものでした。

イスラエルでの超奇跡体験

イスラエル巡礼ツアーに申し込んだ後も私は、参加申し込みしたことに後悔をしながらツアー出発の日が近づけば近づくほど重い気持ちになって行くのですが、逃げるわけにもいきません。

出発当日は、重い荷物と、重い気持ちを引きずって飛行機に搭乗し、モスクワ経由ではるばる12時間以上でしたでしょうか、何か理由を見つけて帰りたい気持ち一杯でイスラエルへ向かいました。

やがてイスラエルの空港へ到着し、バスに乗り換え、最初に向かった先は「エリコ」でした。

エリコでは、キリストが悪魔に試みを受けたと言われている谷が見降ろせる場所へ立ち寄ったのですが、バスから全員が降り、ガイドに従って歩いて行くのに、何故か私は皆の歩く方向に背を向けて、正反対の西に傾き始めた太陽に向かって数歩、歩いた時…どこからともなく”良く来たな”という歓迎される声が聞こえてきたのと同時に、涙が滝のように流れてきたのでした。

まったく予期しない不思議な経験でした。

そして再びバスに乗って移動する車内で、今度は、”イスラエルに来た褒美に下痢を治す。代わりにあまねく世を照らす者となれ”と聞こえてきました。しかし、それから2週間イスラエルに滞在している間は、大きな下痢はしなかったものの下痢は止まりませんでした。

そしてツアーも終わって帰国しましたが下痢は止まっていません。
私は「イスラエルで約束されたのに下痢が止まりません」と心の中で問いました。
すると今度は「心づもりをしなさい」と聞こえてきて、それ以降は下痢で悩むことはなくなったのです。

医師も匙を投げ、「出す薬もない」と言われた40年来の下痢が治った経験は、私の人生において最も不思議で貴重な超感覚世界の体験談です。

消費者庁との攻防・それでも〇〇〇は動く

地動説、天動説…今では、太陽の周りを地球が周回していることを疑う人は居ないでしょうけれど、地球は動かずに天体が地球の周りを動いているということが定説で裁判になった時代が有ります。17世紀のことです。

何故、この話を持ち出したかというと、皆さんは「頭蓋骨矯正」という言葉をサービスを提供する側が使ってはいけないということをご存じでしょうか。

これは消費者庁が、「医学的に頭蓋骨は動かないとされるのだから、医学的なエビデンスで証明が出来ない限り頭蓋骨矯正という言葉を使ってはならない」と示したのです。

私のサロンにも、消費者庁から「ホームページに書かれている頭蓋骨矯正は景品表示法に抵触する」旨の通知が届きました。

消費者庁の言い分は、医学では頭蓋骨は動かないとされているのだから、あたかも頭蓋骨が動くように(矯正できるように)ホームページに掲載しているのは消費者に誤解を与えるので罰金を払えというものです。修正しなさいではなく、即、罰金です。

当時、9つの事業者が一斉摘発をされたので、消費者庁にも何かしらの狙いが有ったのだと思います。私は消費者庁まで出向き、ガリレオガリレイではありませんが、それでも頭蓋骨は動くのだと食い下がりましたし、医師が頭蓋骨は動かないというのであれば、その医師の名前や動かないとする論拠を示す医学的なデータを見せて欲しいと詰め寄りましたが、それも提示されることはありませんでした。

この件は、弁護士にも相談したのですが、弁護士曰く「消費者庁が法律を作っているので、消費者庁に都合の良い法律になっていて裁判で闘っても勝ち目がない」との回答で、どうにも悔しい思いをして眠ることも出来ませんでしたが、消費者庁の言い分が通ってしまっています。

結局のところはどうなのでしょう?

頭蓋骨は動くはずだという意見を持った人を集めて検証を行うわけでもなく、現在は、私からしてみれば結論は闇の中だと感じています。

が、今でも「頭蓋骨矯正」という名称をホームページに掲載している店舗もあり、そういう店舗に指導はしないのかと問い合わせても、「いずれ調査をします」と答えるだけで、9店舗が公共のメディアに名指しされただけで終わってしまいました。

17世紀、ガリレオは地球が太陽の周りを回っている(地動説)を支持したため、教会から裁判にかけられてしまい、裁判で地動説を否定するよう強いられます。そして公的には「地球は動かない」と認めさせられますが、法廷を出るときに小声で「それでも地球は動いている」と言った、というエピソードが言い伝えられています。

「権力に押さえつけられても、真実は真実であり続ける」という象徴的な言葉ですね。

「それでも頭蓋骨は動く」そう呟いている人もきっと居ることでしょう。

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